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miosn's blog

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東海道はいつから鈴鹿峠を通った?

むかし天皇家の皇女の一人が伊勢神宮に巫女として仕えるという風習があった。

伊勢に預けられる皇女のことを斎王という。

斎王の伊勢入りは当時の一大イベントで、史書に詳細な記録が残っている。

大昔に奈良や京都と伊勢を結ぶ街道がどこを通っていたかを知る重要な史料だ。

 

京が奈良から京都に移って100年足らずのころ。

『日本三大実録』の仁和二年(886)に伊勢に向かう新道設定の記述が出てくる。

光孝天皇の皇女が斎王として伊勢入りする際にどの道を通るか検討された。

それまで伊賀国を通っていた旧路を停止し、近江国の新道を使うように定められた。

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この新道が鈴鹿峠を越える現在の東海道であり、旧道は加太越を通る大和街道だ。

地形図を見ると、鈴鹿峠の標高は357mで、加太越の標高は309mだ。

わざわざ険しいほうの峠が選ばれたのは、距離が短くなるからだ。

これらの道に鮎河層群や鈴鹿層群など中新統が共通して分布するのが面白い。